「ちゃん!」
渡り廊下で見つけた彼女に、おれは明るく声を掛ける。
くんはふわりと振り向き、やわらかな笑顔で応えてくれた。
ま、当然だろう。相手が恋人の顔をしているのだから。
「雷蔵さん、こんにちは」
ぱたぱたと駆け寄るくんのポニーテールが揺れる。
その頭をぽんぽんと撫でると、顔を赤くして俯いた。おそらく免疫がないのだ。
雷蔵は普段あまり彼女に触れたりしないのだろう。見た目通り奥手な奴だ。
「今日もかわいいね、ちゃん」
あくまでにこにこしながら言うと、くんはますます俯いてしまう。
雷蔵はよくかわいいかわいいと自慢しているが、やはり本人にはあまり言わないのだろう。
この二人は傍から見て呆れるほど初々しい。
「ね、キスしていい?」
彼女の頭に乗せていた手を肩にうつし、ぐっと顔を近づける。
微笑みながらも、少しだけせつなげな表情をつくる。
くんは慌てたように面をあげ、幾分あかく縁取られた目をかすかに潤わせておれを見る。
さて、どのタイミングで正体を明かそうか……考えながら悪戯心に、もう少しと顔を近づけた。
「冗談もいい加減にしてください! 鉢屋三郎先輩!」
ほぼ寸止め、おれもこれ以上はまずいだろうと思い始めたところで思いきり両頬をつねられる。
顔はまだ真っ赤にしたまま、おれの変装を解こうというのか縦に横にとぐにぐに引っ張られた。
あいにくそう簡単に解けるものではないのだが、それよりもくのタマに全力でつねられればそれなりに痛い。
「いひゃいいひゃい」
降参の合図に両手をあげるとようやく解放してくれた。
変装の上からでもひりひりする両頬を押さえるが、くんはさっきまでの恥じらいの表情はどこへやら、眉を吊り上げたままやりすぎだとも思っていないようだった。
ま、やりすぎなのは明らかにおれの方だろうから仕方ない。
「なんだ、バレちゃったんだ」
「当然です。雷蔵さんがあんなに積極的なわけないじゃないですか」
恋人にこんなこと言われちゃうなんて、情けないな、雷蔵。
でもくんにとってはさぞ新鮮だったことだろう。おれはめげずにまだからかおうと試みる。
「それにしても、随分どきどきしていたみたいだけど」
落ち着いてきた顔の朱がさっと戻ってきたのを見て、おれはもう演技もせずくつくつ笑う。
また手を伸ばしてきたので難なく避けてやると、悔しそうにおれを見上げた。
「雷蔵さんの顔で迫られちゃ、しょうがないじゃないですか……」
呟かれた言葉はまぎれもないノロケで、参ったな、と思う。結局あてられたのはおれの方か。
「お返しだ」
言って、ノロケに気付いていないくんの赤い頬をきゅっとつねる。やわく、つかむくらいの力で。
くんはさふろふへんはい! とつねられたまま怒る。
はははと笑い返してやりながら、少しだけ寂しいなと思った。
おれは、雷蔵もくんも大好きだった。