「ねえ蓮二、私とチャンネルを奪い合おう」
「……またどこからかおかしな影響を受けてきたな」
真剣な表情で何を言い出すかと思えば。
ひとつ年上のこの姉は、時折無駄な影響を受けてきては俺を困らせることがあった。
今回も「兄弟とはテレビチャンネルを取り合うもの」などというありがちな話を刷り込まれてきたのだろう。
「兄弟であろうと譲れないものはある……そう、それがテレビチャンネルよ」
「そうか。ならばお前は好きな番組を見るといい」
「違ーう! 会話が繋がってないじゃない!」
読みかけの本にわざと目を戻すと、姉は騒ぎながらぐいぐいと腕を引っ張ってくる。
困りものだが、からかいがいがあるのも確かだ。
薄く笑い返せば「あ、さっきのわざとでしょ!」とやっと理解したようだった。
俺はテレビはあまり好かないので、さっきの台詞は本心でもあったのだが。
「そういえば赤也のところはチャンネルの取り合いで殴り合うと言っていたな」
「すごい! それぞまさしく姉弟の鑑!」
「俺はたまに、お前の感覚が理解できない」
いつか赤也の頬にひっかき傷がついていたのでどうしたのか、と尋ねたら「姉貴とチャンネルを取り合ってやられたっス」と返ってきたことがある。
うちでは考えられない現象だな、と興味を覚えたものだ。
だがまさかうちの姉がそんなことに憧れていたとは。
「だって蓮二ってば小さい頃からお利口さんでさ、私とケンカなんてしたことないじゃない」
「特にする必要があるとも考えないが?」
「でも言うじゃない、ケンカするほど仲が良い、って。私もたまには蓮二と言い争いくらいしてみたわ」
「ほう。勝てる自信があるのか?」
「まさか! 殴り合いも考えるまでもないしなあ……ま、まあ大切なのは結果よりケンカをした、っていう事実よ」
自分の力量を素直に理解しているらしいのは姉の長所だ。
だが姉はひとつ思い違いをしている。
俺が姉を殴れる訳がないし、言い争うにしてももし一言「大嫌い」とでも言われればそれだけで俺は負けるだろう。
ケンカするほど仲が良い、という言葉が当て嵌まる関係も確かに存在するに違いない。
だが俺はそのために心臓に悪い思いをしたくはなかったし、なによりわざわざケンカなどしなくとも俺たちの仲が良いという事実は不変のはずだ。
「そうだな……チャンネルの取り合いなどはしてやれないが、もしお前が恋人の一人でも連れてきたら望み通りの展開になるかもしれないぞ」
「なにそれ? なんでそうなるの?」
「気になるなら連れてきてみればいい。楽しみにしている」
「……私に彼氏がいない、って知ってて言ってるでしょ」
「当然だ」
蓮二のばかー! と姉は怒って去って行ったが、数分後には水菓子とお茶を持って一緒に食べよう、と出てきた。
この調子では姉の望んでいるケンカなど到底できないだろう。
ありがとう、と受け取りながら本当に仕方のない人だと思う。
たださっき言ったことは嘘ではない。
姉に恋人ができたらあまり冷静でいられる自信がなかった。
少なくとも相手を徹底的に見極めて認めることができるまで、姉が本気で怒るほどの忠告なり心配なりをしてしまうだろう。
テレビつけていい? と確認してくる姉に本に目を通しながらああ、と頷く。
穏やかで幸福な今の関係が俺には心地良い。
一生に一度のケンカはいずれ訪れるであろういつかのためにとっておこうと思う。
姉弟 12題 9.テレビチャンネル争奪戦 3 lies様
09.8.8