青味がかった透明なコップに入れたアイスの緑茶はどこか京都を思い起こさせる。
今年は……といってもほぼ毎年のことだが、蓮二はテニスが忙しくて夏休みも家族旅行に行かなかった。
私はいつもそんな蓮二についているので、姉を含め親たちが旅行に行っている間短い二人暮しをしていた。
今年の旅行の行先は京都だそうだ。柳家は京都が大好きで、これがもう何度目だろう。毎日私たちの携帯には見慣れた有名な観光地の写メが送られてくる。
親は私というより蓮二のことを信頼していて、二人でも大丈夫だろうと安心して私たちを置いていくのだった。
「。ぼうっとしているようだが、もう解けたのか?」
本に没頭しているはずの蓮二が涼しげな顔をあげて静かに口を開いた。
縁側にぶら下げた風鈴がちりん、と軽やかな音を立てる。
蓮二と私が毎年夏祭りで買いかえるそれの柄は私たちの学校にちなんでオレンジ色の金魚だ。
今年はどんなデザインのものを買おうか。並べられた風鈴の群れを眺めながら蓮二と考えるのは、毎年の小さな楽しみだった。
「残念ながらお手上げです。蓮二、教えて」
蓮二は小さくため息を吐き、心なし眉尻を下げて仕方がないな、と本を閉じる。
音もなくすっと寄ってくる蓮二の所作は姉の私でも感心するほど無駄がない。
けれど蓮二は一問目から白紙の問題集を見るなり盛大に顔をしかめた。
「こんな問題もわからないのか」
少し低くなった蓮二の声に風鈴の高く澄んだ音が重なり、言葉の内容とは関係なく聞き惚れてしまう。
「聞いているのか、」
「聞いてる、聞いてる」
急いでうんうん頷くと、蓮二はまた小さなため息を吐いた。
蓮二の、夏でも白い首筋がうっすらと汗で湿っている。
扇風機の風がこちらを向くとさらさらな黒髪がかすかに靡いた。
わが弟ながら風流な人間だ。蓮二には日本の夏がとてもよく似合う。
「仕方がない。今から解説するから、よく聞いていろ」
蓮二は昔から頭の良い子供だった。単純に頭が良いだけでなく、頭の回転が速い。
私たちの姉もとてもできる人で、活発な女性だった。
真ん中に生まれた私は必然のようにどんくさく、できる姉とできる弟に色々なことを手伝ってもらいながら生きてきた。
「高等部の問題が解ける蓮二の方がおかしいよ」
理路整然と問題の解説をしてくれる蓮二の声を聞きながら軽口をたたく。
でも心ではもう別のことを考えていた。私は蓮二の声がとても好きだ、と。
「……俺は頭が良くてよかったと心底思う」
「えーっ、なにそれ、嫌味?」
真面目に呟く蓮二に反射で文句を返すと、弟はふっと微笑んだ。
どこか繊細で見惚れるくらい清涼な、私が一番好きな笑顔だ。
「こうしての宿題を手伝うことが出来るからな。……いつも一緒にいてくれてありがとう、姉さん」
「姉さん」という呼称はいつも上の姉のものだった。
蓮二と一つ違いの私は「ややこしいから」という理由で呼び捨てにされていたが、たまにこうして姉さんと呼んでくれるときがある。
そんなとき私はいつも、蓮二の姉であることが誇らしく思った。
蓮二は私よりよほど人間のできた弟で、時々家族ですら私の方が姉であることを忘れるくらいだ。
けれど私にとって蓮二は生まれたときからずっと、守るべきたった一人の弟だった。
「蓮二、あとであんみつでも食べに行こう。宿題手伝ってもらったお礼に奢っちゃうよ」
「お小遣いは計画的に使え、といつも言っているだろう」
この前も衝動買いしていただろう、だいたいお前は、といつもの小言が始まる。
旅行中の家族は今、銀閣寺にいる頃だろうか。
私と蓮二は今日も幸福に過ごしているよ。
ちりん、ちりーん、と風鈴が鳴る夏の空気の中、私は穏やかな気持ちで蓮二の声を聞いていた。
姉弟 12題 2.こんな問題も分かんないのか 3 lies様
09.7.26