「姉ちゃーん! あーそーぼー!」
「あーかーん。今日は光とデート、って言ったやん」
携帯の目覚ましで起きて洗面所に向かう途中、バタバタと走ってきた金太郎に進路を塞がれた。
早起きの金太郎はヒマでヒマでしょうがなかったみたいだけれど、以前寝ているところを「遊ぼー!」と無理矢理起こされたときに激怒してからは睡眠の邪魔だけはしなくなった。
「わいも行くー! 三人で遊べばいいやん!」
「アカンってば。光むっちゃ怒るで」
「せやかて部活休みでむっちゃヒマやねん。なあー! ええやろー! おとなしゅうしとるからー!」
「アカンったらアカン! ほら、顔洗うから退き!」
まとわりついてくる金太郎を引きずるようにして洗面台に向かう。
毎日毎日こんなことばっかりしてるから、うちもかなり体力がついたと思う。
とはいっても金太郎の体力に敵うわけがなくて、息切れする前になんとか言いくるめなければいけないのだけれど。
「姉ちゃん、財前やのーて白石と付き合えばええやん。自分が姉ちゃんのカレシやったら金ちゃんもデートに付いてきてええ、って白石ゆうとったで!」
「金太郎、蔵ノ介の言うこと真に受けたらアカン! あとそれ、光の前では絶対ゆうたらアカンよ!」
蔵ノ介は面白がって本当にアホなことばっかり言う。
蔵ノ介がそういうことを言う度に光が本気で怒るので、あとが面倒なのだ。
「いい加減にせえ!」って止めても「ははっ、すまんなあ」なんて言いながらまた同じことを繰り返すので本当にタチが悪い。
「アカンアカンて、アカンことばっかやないか! 姉ちゃんのアカンボウ!」
「赤ん坊はあんたやろ、金太郎。姉ちゃんはヒマやないんや。ちゃんと言うこと聞いて諦めや! そや、その蔵ノ介か謙也に遊んでもろたらええやろ」
「白石も謙也も用事あるー、て断られたんや。だから姉ちゃん、あーそーんーで!」
「アホ! だから姉ちゃんも用事ある、て言うとるやろ!」
「知らんー! 姉ちゃんはわいと遊ぶんやー!」
やり取りの合間を縫ってなんとか洗顔を終える。
化粧水と乳液をはたく間にも鏡にはうちの周りをうろちょろしている金太郎の姿があった。
図体は多少でっかくなったけれど、その様子は幼稚園の頃となにも変わらない。
いや、むしろ余計にひどくなっているかもしれない。
金太郎は何においてもパワフルすぎるのだ。
昔からうちの後を追っかけてきた金太郎もテニスに夢中になって少しは姉離れすると思ったのだが、ちょっとでもテニスから離れればもうこの調子だ。
うちだって金太郎にばかり構ってはいられない。
かわいくてかけがえのない弟ではあるけれど、あまりにワガママを言われるのは本当に困りものだ。
「金太郎、帰ってきたら一緒に遊ぶから、今は勘弁、な?」
「イヤや、待てへん! なあ、一緒に連れてってやー!」
「うぐっ」
金太郎が思いっきり背中にとび乗ってきた。
口にくわえていた歯ブラシが危うく咽喉の奥に詰まりそうになる。
うち、いつかこのコに殺されるんとちゃうか……。
そうなる前になんとかもうちょっと引き際というものを覚えて欲しいものだ。
「財前ばっかりズルいやんか! わいだってもっと姉ちゃんと遊びたい!」
いい加減怒鳴ろうと思って、でもそう言われては怒りも冷めていってしまう。
確かに光と恋人同士になってから金太郎とはほとんど遊ばなくなった。
金太郎の部活が休みの日は当然光も休みで、必然的にデート出来るのはその日に限られてくるのだ。
いつもはほとんど金太郎と遊んでいたから、光と付き合い始めて何回か遊べない、という日が続くと弟はごね出した。
蔵ノ介や謙也も説得に回ってくれたりうちの代わりに金太郎の相手をしてくれて、なんとか光と過ごせるようになったけれど、それもそろそろ限界なのかもしれない。
むしろ今日まで金太郎にしてはよく我慢した方だろう。
「……わかった。金太郎も一緒に遊ぼう。でも今日だけやで?」
「ほんま!? 姉ちゃん!」
「ほんまや。せやったら姉ちゃん準備してくるから、居間でおとなしく待っとき」
「わーいわーい! わい、おとなしく待っとる! はよう来てや!」
うちの背中から飛び降りた金太郎はぴょんぴょこ跳ねながら「姉ちゃんと遊べる! むっちゃ楽しみや!」とはしゃぎ回っている。
まったく、その威勢には敵わない。
金太郎がもうちょっと大人になって、もうちょっと落ち着くまでは仕方がない、うちもなるべく相手になってあげよう。
「……っちゅーわけで、ごめん光、今日は金太郎も一緒でええ?」
『……ハァ。しゃーないスわ。もう決定事項なんやろ』
「ごめん、おおきにな。今度ちゃんと埋め合わせするから」
『当然やろ、さん。じゃあアレや、次のデートでベロチューさしてもらうっちゅーことで」
「は!? な、なに……? べろちゅー……?」
『楽しみにしてますわ。じゃ、また後で』
「光……!」
と、呼び返したときにはもう電話は切られていた。
アカン、なんかおかしな代償を払われることになった気がする……。
「姉ちゃーん! 電話財前かー? べろちゅーってなに?」
「!? 金太郎、居間で待っときって言うたやろ!」
「なあなあ、べろちゅーってなにー?」
「し、知らんわ! 着替えるからはよ出ていきや!」
「へへーん、ええもん、白石に聞こー!」
「アカン、絶対アカン!」
バタバタと金太郎を追い回しているうちに待ち合わせには完璧遅刻となってしまった。
「別にええっスよ」と珍しく怒らなかった光はいっそ気味の悪いほど機嫌が良くて、「次のデートがほんま楽しみやわあ。ベロチューよりもっとすごいことさしてもらえるんやろなあ」と笑顔で囁くのだった。
何も知らない金太郎はむっちゃ楽しそうにはしゃいでいる。
もうしばらくはこの彼氏と弟との間で板挟みが続くのだろうなあ、と思わずついたため息はきっと贅沢なものなのだろう。
なぜならそこには愛があるのだから。
姉弟 12題 1.その威勢には敵わない 3 lies様
09.8.10