「そろそろイルカショーの時間だね」
「わぁ、行こう、折原くん」
「ああ」

にこりと微笑む彼と並んで歩いてイルカのプールを目指す。
彼のエスコートは相変わらず完璧で、私は今日のデートを素直に楽しめていた。

ただ時折、水槽の中をじっと見つめる彼の姿に美しさと同時に恐ろしさを感じたりした。

「折原くんって、なんだか水族館が似合うね」
「そう? でも、この環境は好きかな。ガラス越しに全てを見渡して観察できるこの感じが」

彼は水槽の前に佇んだまま静かな声でそう言った後、「さんと一緒に来られて本当に嬉しいよ」と微笑んだ。


「どう? 今日は楽しんでもらえたかな?」
「うん、楽しかったよ。ショーもいっぱい見れたし」
「それなら良かったよ。ショーを観てはしゃいでるさん、可愛かったなあ」
「も、もう……。折原くんは?」
「俺? 楽しかったに決まっているじゃない。魚よりさんのことを見ていた時間の方が長いと思うけれど」
「えっ……」
「俺は君と一緒にいられればどこでだって満足なんだけどね」

……今日の折原くんは、いつもより一段と発言が甘い。
なんて返せばいいかわからなくなって、慌てて窓の外に視線を向けた。
展望台から見下ろす池袋は夜の中で煌々と輝いている。

「……キレイだね、夜景」
「ああ。良い街だよ、ここは。何より君がいる」

本当に、今日はどうしたんだろう、折原くん。
私の心臓は確かにどきどきしていた。
視線をそっと夜景から彼に移す。
微笑んでいると思った彼は、真剣な目で私を見ていた。

「ねぇ、さん。もう一度聞いてくれるかな。俺の告白」

どうしよう。こんな風に言われて、首を横には振れない。
けれど私は、彼の想いにきちんと応えることができるのだろうか?
曖昧な態度じゃいけないことはわかっている。
折原くんだってきっと、いつまでもそれを許してはくれないだろう。
けれど、まだ私には答えを出せそうにないのだ。

「……おい、なんで手前がこんなところにいやがんだ?」

悩んでいた思考が、背後から掛かった低い声に遮られた。
振り返ると、なんとそこには平和島くんが立っていた。

「……シズちゃん。それはこっちの台詞なんだけど。嫌いだ嫌いだとは思っていたけれど、正直今ほど殺意を覚えたことはなかったよ」

折原くんの声の調子も、雰囲気もガラッと変わった。
やわらかい雰囲気の彼を見慣れていた私は、途端にびくりとしてしまう。

「上等じゃねぇか。池袋の空に飛ばしてやるよ」
「ま、待って!」

拳を作る 平和島くんを見て、思わず一歩前に出てしまった。
怖い。
何しろ相手は平和島くんだ。
けれど身体は勝手に動いてしまった。

「あぁ? 誰だ?」
「俺の彼女」
「な、なに!?」
「えっ?」
「……に、なる予定のコだよ。悪いけどシズちゃん、今はシズちゃんの相手をしてる場合じゃないんだ」

ああ、私までびっくりしてしまった。
一瞬折原くんの表情がしゅんとした気がするけど、気のせいということにしておこう。

「行こう、さん」

早足に去ろうとする折原くんに手を引かれ、私も急いで足を動かす。
一度振り返って平和島くんに一礼すると、彼はぽかんとした顔をしていた。
何はともあれ、何もなくてよかった。

「あーあ、折角のデートがシズちゃんのせいで台無しだ。……今日はもう帰ろう、さん。送っていくよ」
「う、うん。ありがとう」

展望台を出る頃には、もう手も離れていた。
こっそり彼の顔を見ると、眼差しが冷たく感じる。
なんだか一気に彼との距離が離れてしまったような気がする。
……なんだろう、この気持ち。私はもしかして、寂しいのだろうか。

さん。なんで前に出たの?」
「え?」
「さっき。シズちゃんの前に出ただろう。無事だったから良かったけれど、危ない行為だよ。すっごくね」
「そ、それは……」

折原くんが殴られそうだったから。
自分でも不思議なほど自然と彼の前に出てしまったのだ。

「……いや、ごめん。責めている訳じゃないんだ。さんが俺をかばってくれるとは思わなくて、ちょっと驚いてしまってね」

そう言われると、なんだか恥ずかしい。
けれど私をじっと見る折原くんの顔は街灯の明かりだけでもわかるほど蒼白だった。

「でも君はそんなことをしちゃだめだ。お願いだから。シズちゃんにも絶対に近付かないでくれ」

折原くんは私の両肩に手を乗せて、疑いようもないほど真剣にそう言った。
気圧されて、私はこくこくと頷くことしかできなかった。

「約束だよ」

彼は囁くようにそう言った。

あんなに青ざめた折原くんを初めて見た。
彼にはいつだって余裕があるように見えるのに。

「あぁ、そうだ、これ」

別れ際に渡されたのは、可愛らしいイルカのストラップだった。
いつの間に買ってくれていたらしい。

「わ、可愛い。もらっちゃっていいの?」
「もちろん。ちなみにこれは俺の」

もうひとつ、色違いのお揃いを折原くんが持っている。
彼がストラップを近付けると、私のイルカと彼のイルカが……キスをした。

「! こ、これ……」
「受け取ってくれるよね?」
「う、うん……。ありがとう」
「どういたしまして」

突き返す訳にもいかず、受け取ることにする。
……すっごく恥ずかしけれど。
有無を言わさない彼の笑顔に、いつもの余裕が戻ってきたみたいだ、と少し安堵する。

「じゃあね、さん。今日はありがとう」
「ううん、こちらこそ」

折原くんは静かに微笑んで私を見つめた。
結局今日の告白というのは有耶無耶になったけれど、なんだかその表情に好きだと囁かれているに錯覚してしまう。
月明かりに照らされるような彼の姿は本当にキレイで、困惑する以上に見惚れてしまった。

「……また学校で。おやすみ」
「おやすみなさい」

彼はなにか言葉を探しているように見えたけれど、結局それだけを言った。
折原くんのくれたイルカのストラップは、何も知らない素振りでただ愛らしい顔を見せていた。


日曜日のデート  12.3.26