突然鳴り出した携帯電話を見つめたまま、驚きや戸惑いを隠せなかった。
「お、折原くん……?」
ディスプレイに彼の名前が表示れていることがなんだか不思議で、しばらく出るのを忘れてしまった。
映画館での、その、デートらしいものに誘われたときにアドレスと番号は交換していたけれど、メールも連絡事項程度だったし電話が掛かってきたことは今まで一度もなかった。
なんだろう。今日も学校で少し話はしたんだけど。
「はい、です」
『もしもし、折原だけど』
「こ、こんばんは」
『こんばんは』
どう返せばいいからわからず、同級生には普段あまり使わないあいさつが口をついてしまった。
折原くんもそれがおかしかったのかもしれない、電話の向こうでクスクス笑う気配がする。
……なんだろう、なんか恥ずかしいなあ。
『いま時間大丈夫?』
「うん、大丈夫」
『家にいるのかな? 何してたの?』
折原くんは会話を楽しむように、やわらかい声で尋ねてくる。
元々澄んでいてキレイな声だとは思っていたけれど、電話だと耳に直接響くせいか少しどきどきしてしまう。
「特になにも……お風呂上がりでのんびりしてたところだよ」
ドライヤーもかけ終わり、紅茶でも煎れようか、と思っていたところだった。
だから正直に告げたのだけれど、彼が次に話し始めるまで妙に間があり、変なこと言っちゃったかな、と不安になってくる。
『……へぇ、そうだったんだ。もう着替えは済んでるの?』
「……」
今度はこっちが返事に詰まる番だった。
折原くん、どういう意味で言ってるんだろう。
「いま裸?」っていうセクハラ的な意味じゃないよね。
違ったとしたら、そんな風に捉える自分が自意識過剰で恥ずかしいんだけど……。
どっちにしろ顔が熱くなってきてしまう。
『さん? ごめん、冗談だよ。切らないでね? 変な想像とかしてないからさ』
「へ、変な想像って……」
『何でもないよ。ちょっと口が滑っただけだから。どんなパジャマなのかな、とかちょっと気になっただけ』
「……えっと、普通のパジャマだと思うけど」
『……いや、いいよ。本当に変な想像しちゃいそうだからこの質問はここまでにしよう』
声だけでは真面目に言っているのかからかわれているのか余計わからなくなってくる。
また言葉を出せずにいると、「それより本題なんだけど」、と早口で話題を変えられた。
……ま、まあいっか。今のは気にしないことにしよう。
『今度の日曜日、ヒマだよね?』
折原くんの断定にも大分慣れてきてしまったな……。
「うん、特に予定はないけど」
『だったら俺とサンシャインシティの水族館に行かない? 少し遅くなってもよければ、その後展望台で夜景を見ようよ』
どうやらデート、のお誘いの電話だったらしい。
絵に描いたようなデートコースで私も今度こそ最初からデートだと認めないわけにはいかない。
そう思うと、なんだか余計緊張してしまうんだけれど。
けれど不思議と答えは決まっていた。
「……うん、行こうかな」
『本当!? 良かった、断られたらどうしようかと思ったよ』
嬉しそうにそう言われて、思わず苦笑してしまいながら最初から断る気にならなかった自分に少し驚く。
『でも電話にしておいてよかったよ。また手が震えているところを見られたらかっこ悪いからね。まぁ好きなコに電話を掛ける、っていうのも緊張するものだってわかったけれど』
苦笑混じりにそう言う折原くんは、私よりどきどきしてくれているんだろうか。
無意識にそんなずるい期待をしてしまいながら、言葉を返す。
「折原くん、誘ってくれてありがとう」
『……お礼を言うのはこっちの方なんだけど。でも、さんがそんな風に言ってくれるなんて嬉しいなぁ。ちょっとは近づけたと思ってもいいのかな?』
そう言われてしまうと、どう返せばいいのかわからない。
折原くんからの誘いに困惑していないのは確かだ。
遊びに行くのが楽しみだな、とも思う。
それでもたとえば今、改めて告白されたとしても、私は彼と付き合う気にはまだなれないだろう。
……ひょっとして私、彼にすごく失礼なことをしているんだろうか。
『ごめん、ちょっと急ぎすぎたみたいだね。困らせるつもりはなかったんだ。今のは気にしないで欲しいな』
「……う、うん。ごめんね」
『やだなぁ、謝らないでよ。俺はこうしてさんと話せるだけで幸せなんだからさ。でも電話だとやっぱり余計なことを言っちゃうなぁ。今日はこれくらいにしておくよ』
「うん。また学校で」
『ああ、また明日。……おやすみ』
気にしないで、とは言われても、罪悪感は拭いきれない。
けれどこうして囁くようにおやすみ、と言われるだけでまた少しどきどきしてしまう。
私は彼のことをどう思っているのか、自分で自分の気持ちがわからなくなってきてしまっている。
「おやすみなさい」
今それ以上に言える言葉はなかった。
少し待ってみたけれど折原くんが電話を切る気配がしなかったので、私から通話を終える。
着信履歴に残った珍しい名前をぼんやりと眺めてみても、彼に対する気持ちの答えはまだ出ないままだった。
初めての着信 11..