身動きのほとんど取れないほど混んだ電車の中でも、その人の姿はすぐにわかった。
わかったけれど、頭が理解するまでにかなり時間がかかった。
通勤・通学ラッシュの朝の電車と、その人の姿が全く噛み合わなかったのだ。
「ちゃん」
その人が私に気づいて声を掛けてくれなければ、呆然としたまま乗り遅れていたかもしれない。
扉が閉まる直前の満員電車に慌てて飛び乗る。
「すんません」
静雄さんが周りの人にそう声を掛けながら、傍まで来てくれた。
この間の電話の後、次はいつ会えるだろうか、なんて思っていたのに、こんな所でこんな風に会えるなんて思ってもみなかった。
「おはようございます」
静雄さんはすごく目立っていた。
スーツのサラリーマンでいっぱいの中に、長身で金髪でサングラス。
その上バーテン服を着ているんだから、気にならない人の方がおかしいだろう。
他の乗客の視線を感じながら、小声で挨拶する。
静雄さんにおはようなんて言うの、初めてだな。
それに、満員電車のせい(おかげ?)で静雄さんとの距離がすごく近くて、すぐにどきどきしてしまった。
「ああ、おはよう。ちゃん、毎朝こんな電車乗ってんのか」
「はい。もうすっかり慣れちゃいました。……静雄さんは、どうして?」
「あー、仕事でちょっとな。それにしても助かったぜ。しょうがねえってわかってんだけど、イライラしてたんだ。ちゃんが乗ってこなきゃキレてたかもしれねえ」
それってひょっとして、大変なことになってたんじゃないだろうか。
私が乗ってきて、静雄さんもイライラが吹き飛ぶほど驚いたのかもしれない。
なんにせよ、静雄さんの役に立てたのならすごく嬉しい。
「ちゃん、あれから臨也の野郎には会ってねえか?」
イザヤ、という言葉の響きがなんだか聞き慣れなくて、一瞬考えてしまった。
けれど忘れる訳はない、新宿で静雄さんの好みのタイプを私に告げて去ったあの人だ。
「いえ、あれから会ってないです。新宿にも行ってないですし」
「そうか。ならいいんだけどよ。何かあったらすぐに言えよ」
「はい」
一体あの人と静雄さんはどういう関係なのか、そして静雄さんの好みのタイプは真実なのか。
頭の中でぐるぐると聞きたいことが回っていたけれど、口には出せない。
「っ!」
考え込んでいると、突然電車が大きく揺れた。
周りの人もどっと揺れる中、けれど私は押しつぶされる感覚もなにもなかった。
「大丈夫か、ちゃん」
「は、はい。ありがとうございます」
私が背中を預けている扉にキレイで大きな手をつき、静雄さんがかばっていてくれた。
さっきよりももっと、ほとんど密着しそうな距離に彼の身体があって、全身が脈打つほどどきどきしてしまう。
身長差のせいで鼻先にバーテン服がある。
残り香のような煙草の匂いと、何の香りかはわからないけれどくらくらしそうなほど良い匂いがする。
電車の揺れが落ち着き、静雄さんの身体も少し離れる。
少し残念にも感じながらふと彼の顔を見上げると、サングラスの奥の瞳とまともに目が合った。
「あ……その、なんだ、制服似合うな、ちゃん」
「え? そ、そうですか? ありがとうございます」
扉に当てられていた手で頭を掻きながら、目を逸らして彼が言う。
なんだか唐突な気がして、少し戸惑ってしまった。
静雄さんに褒めてもらえるのは嬉しいけれど、目も逸らされてしまったし、きっとお世辞だろう。
「いや、悪ぃ、女子高生だもんな。そりゃ似合うか……いや、そうじゃなくてだな」
「……?」
静雄さん、なんだか様子がおかしい。
どうしたんだろうか。
気になったけれども、すぐに降車駅に着いてしまった。
入学してから初めて、もっと学校が遠ければ良かったのに、と思う。
「それじゃあ私、ここまでなので」
「ああ、そうか。学校、頑張れよ」
「はい。静雄さんもお仕事頑張ってください」
おう、そう言って、降りる前に静雄さんは頭をぽんぽん、と撫でてくれた。
顔が熱くなってしまうくらい嬉しいけれど、年上の女性がタイプと聞いてからは子供扱いはちょっと微妙だ。
「またな、ちゃん」
けれど、じゃあな、ではなくまたな、と言ってもらえたのが嬉しくて、私は弾けるように顔を上げてはいっ、と抑えきれない笑顔で返事をした。
静雄さんと通学!
10.12.5