折原くんと一緒に観た映画はびっくりするくらい私の好みだった。
けれどたぶん、彼に誘われなければ私はこの映画のことを知らないままだっただろう。

映画館の近くのパスタ屋さんで映画の感想を話す私は、少しはしゃぎ気味だったかもしれない。
折原くんが微笑みながら私の話を聞いてくれていることに不意に気づき、急に恥ずかしくなってしまった。
俯いてパスタをつつく私に、彼はそっと言う。

さんが楽しそうだと幸せな気分になるよ」

私の顔は赤らんでいたことだろう。
折原くんは私に見られたくないところばかり見られているというが、お互い様だと思う。

折原くんと二人で遊びに行くことに、私はかなり緊張していた。
彼の行動や言動は奇抜なところが多いから、不安や怖さがあったのだ。
けれど彼の態度は意外にも紳士的だった。

待ち合わせ場所には私より先に来ていたし、真っ先に私服を褒めてくれた。
まっすぐに「かわいい」と言われてしまっては、最初から彼のペースにハマってしまっても仕方のないことだろう。
彼はいつものように私を退屈させなかったし、スマートにエスコートしてくれた。
チケット代も食事代も、結局うまくかわされて奢ってもらってしまった。

「これじゃ本当にデートみたい……」
「俺は最初からそのつもりだったんだけど」

お店を出て思わずそう零すと、彼は心底驚いた顔をした。

「手が震えるくらい勇気を振り絞って誘ったのに、君にとってはデート未満の意識だったんだねえ」
「そ、そういうわけじゃなくて」

私だって緊張してたし、と続けるのもなんだか気恥かしくて口ごもってしまう。

「冗談だよ。片想いなんだからそれくらい当たり前。全然気にしてないからさ」

苦笑して歩き出す折原くんに、慌ててついていく。

「ひゃっ」

と、急に腕を引かれた。
その瞬間、すぐ側をオートバイがあっという間に走り去っていった。

「危ないなあ。大丈夫?」

とくんと急に胸が高鳴ったのは、単に驚いたからだろうか。
腕を引かれたまま折原くんの身体がいつもよりずっと近くて、どうすればいいのかわからなくなる。

「この辺の道は狭いから気をつけないとね」

言いながら彼はさりげなく車道側へと身体を動かす。
私はうん、ありがとう、とやっと小さな声で返してから、手の違和感に気づいた。

「あの……」
「ん? なに?」

にこにこと、無邪気とも言える様子で彼は聞き返してくる。
私の手をしっかりと握ったまま。

「チャンスがあれば結構大胆なことって出来ちゃうものだよねえ」

本人の前でさらっとそう言えるところが、折原くんなのだろう。
彼のこういうところにどう反応すればいいのか、私はいまだにわからない。

「嫌だったら振り払いなよ」

はっきり言ってくる様はどこか挑戦的だったけれど、なぜか勝負する気になれなかった。
もし思い切り振り払ったら、きっと彼はとても傷ついた顔をするだろう。
私はそれを見たくないと思ってしまった。

手を繋いでから、あれほど滑らかに口の動いていた折原くんが静かになってしまった。
彼の手は脈打っているのがわかるくらい熱があって、私はその意味するところを考える。
余裕がないくらいどきどきしているのだろうか、と思うと、なんだか今日は少し嬉しくなった。

「あ、ドタチン」

池袋駅の近くまで来たところで彼が急に声をあげ、私はびっくりして顔をあげる。

「ん? ……おまえら」

図書室で何度か話をしたことのある知り合いが、驚いた顔で私たちを見る。
思わず折原くんの手を振りほどこうとしてしまったけれど、まるでそれを読んでいたかのように彼は私の手をぎゅっと握って離さなかった。

「……付き合ってんのか?」
「残念だけど、俺の絶賛片想い中」

知り合いに会うと思っていなかった私は気が動転して何も答えられなかったけれど、手を繋いだまま折原くんがため息をこぼすように答える。

「そうか。お前も大変だな、。頑張れよ」

門田くんがやけに真剣な顔で激励してくるので、私は勢いにのまれて頷くしかなかった。


さん、今日は楽しんでもらえた?」

池袋の駅前で、私たちはもう手を離して向き合っている。
けれど手のひらにはまだ触れ合っていた熱が残っているようだった。

「うん。楽しかったよ。ありがとう」

それは素直な感想だった。
映画も楽しかったし、話をするのも楽しかった。
……ただ、どきどきしてしまったのは想定外だったし、彼には知られたくなかった。

「それなら良かったよ。俺ばかり楽しかったらどうしようかと思った」

笑いながら安堵する彼を見て思う。
今日の彼の行動はとても理想の恋人らしいものだった。
ただそれだけに、どこまでが本当の彼かわからない。
こうやって私に接しながらも、やっぱり学校での彼と平和島くんとの争いなどは絶えなかったりするのだ。
それでも少なくとも、あの手の熱だけは偽物だとは思えなかった。

「ねえ、また誘ってもいいかな?」

一回だけのつもりだった。
そうすれば彼も満足するのかもしれない、そう考えていたところもあった。
でも彼は、私への片想いを続けるつもりらしい。

「……うん」

目を細めるように微笑む彼に、私は逆らいようもなく頷いていた。


土曜日のデート   10.10.2