「……ていう訳だからさ。今度一緒に行ってみない?」
私の好きそうな映画がミニシアターで単館上映されるらしい。
机を挟んで前に座る折原くんが微笑みながら私の返事を待っている。
「……確かに、面白そうだけど」
「そうだろう? さんなら気に入ると思うんだよね」
今は西日が射す放課後の教室だ。
図書委員の仕事を終えて教室に荷物を取りに来ると、なぜか私の前の席に折原くんが座っていたのだ。
あの雨の日の後、たびたび一緒に帰ろうと誘われることがあった。
なんだか断りにくく、戸惑いつつもつい頷いてしまっていた。
けれど一緒に遊びに行く、となるとさすがに簡単にうんとは言えない。
「実はもう、チケットを買ってあるんだ」
「えっ!?」
返事に困って窓の外に目を向けている間に、折原くんは手品のようにチケットを二枚持っていた。
びっくりして固まっていると、机の上に二枚のチケットがそっと置かれる。
「今度の土曜日。君の予定はなかったよね」
「ないけど……」
どうして知っているの、とは怖くて聞けなかった。
彼に対する疑問を私はいつも飲み込んでしまう。
折原くんと過ごす時間は楽しいといえないこともなかったけれど、やっぱり友達と接するようにはできなかった。
だから視線を逸らしてしまう。
そしてチケットの置かれた机を見下ろしていたときに、気付いてしまった。
(……折原くんの手……震えてる?)
チケットに軽く添えられた細い指が少し揺れているように見えた。
見間違えだろうか、そう思ってじっと見ていると、ばっと勢いよく彼の手が机の下に隠れた。
「……君は見て欲しくないところばかりよく見ているよねえ」
「……それ、私のせいなの?」
「もちろん君のせいだよ。相手が君じゃなきゃ俺はこんなにはならないんだから」
そう言ってまたそっと机の上に差し出された手は、確かに震えていた。
そんな風に言われると何も言えなくなってしまう。
私にはそれがわざとなのか本当なのかなんて見抜けなかった。
「好きな子をデートに誘うのがこんなに緊張するものだとは知らなかったよ。……で、行ってくれるの? これで断られたら泣いちゃうよ?」
折原くんってどんな風に泣くんだろうか。
ちょっと気になったけれど、ここまで言われて断ることはできなかった。
別に付き合う訳じゃない、一回デートに行くだけだ。
そう自分に言い聞かせて、行く、と頷く。
「ありがとう、さん。楽しみだなあ!」
折原くんは満面の笑みになると踊り出すように立ち上がる。
そこまで素直に喜んでもらえるとちょっとだけ嬉しくなってしまう。
「ところで君、ドタチンと仲良いの?」
「えっ?」
彼の動きがぴたりと止まった瞬間、聞こえてきた声音にゾッとした。
「だ、誰のこと……?」
「ドタチンだよ。門田京平。図書室のカウンターで仲良さそうに話してたじゃない」
「ああ、門田くん。よく図書室に来るから、受付当番のときにはちょっと話すけど。仲が良いってほどじゃないよ」
「へえ、そう」
頷くようにニッコリ笑って、折原くんは机の上のチケットを手に取った。
「それじゃ、駅まで一緒に帰ろうか」
彼に対する恐怖心がいつまで経っても消えないのは、きっとこういうところなのだ。
折原くんは色んなことを知っている。
知っているということを私の前で隠さない。
「うん」
私が彼の誘いを断れないのは怖いからだろうか。
折原くんは得体が知れない。よくない噂もたくさん聞く。
それでも彼はいつだって素直な気がするのだ。
照れたときも、笑ったときも、緊張して震えたときも。今の、おそらく、嫉妬も。
まだ怖いけれど、私は彼のことを少なくとも嫌いではないのだと思う。
もう何度目か、折原くんと肩を並べて歩きながら、そう思っている自分に気付いた。
放課後のお誘い
10.5.20