「臨也、おはよう」
「おはよう、

私の寝起きはあまりよくない。
顔を洗ってもまだ少しぼんやりとしながらダイニングに入る。
iPhoneを弄っていた臨也はそれを置いてカップに紅茶を注いでくれた。

その間に食パンを取り出してトースターに入れる。
冷蔵庫を漁ってハムとマーガリンを準備した。

「今日は仕事は?」
「今のところ入ってないよ。どこか行く? シズちゃんでもからかいに行こうか」
「行ってらっしゃーい」

カップに口をつけながらひらひらと手を振ると、臨也が笑いながら冗談だよ、と首を振るう。
もう幾度となくしてきたやり取りだ。

静雄くんと臨也の仲の悪さはちょっと尋常ではないので、私も仲を取り持つことなど高校の時から諦めていた。
臨也は私が静雄くんと一緒にいることに関しては何も言わなかったし、むしろ「俺がいないときはなるべくシズちゃんの傍にいろ」と最初に静雄くんを紹介したのは臨也だったのだ。
ただ二人は顔を合わせれば喧嘩をする関係だったので、私たちは三人一緒にいたことがほとんどなかった。

「休日はどこも混むんだよねえ」
「臨也の趣味は人間観察でしょ」

日曜の朝はひと際ゆっくりと時間が流れているように思う。
パンの焼けた音に席を立つ。
少し目がさえ、同時にはっきりと空腹を感じてきた。

「俺は不特定多数より特定の個人を追う方が好きなんだよねえ。その方が人間ってものを深く知れる気がするだろう?」

パンに触ろうと思ったら熱かったので口に咥えて運んでいると、軽いシャッター音が聞こえた。
臨也に視線を向ければ笑顔でiPhoneを構えている。

「変なとこ撮らないでってば。誰にも見せないでよ?」

もう遅いけれど、思わず髪に手櫛を入れる。
パジャマだし寝起きだし、髪の毛だってぐしゃぐしゃだ。
臨也は無駄に写真を撮るのが好きなようだった。
それも不意打ちに撮ってくるから性質が悪い。

「心配しなくてもいいよ。俺はただ楽しんでるだけだから」

まあ見せる相手もいないだろう、と思って頷いてしまう。
軽く手を洗ってからこんがり焼けたトーストにたっぷりマーガリンを塗り込んだ。

私は特に週末はほとんど臨也のマンションに泊り込んでいる。
臨也は一人暮らしを始めるのが早くて、もう何年も前からの習慣のようになっていた。
臨也のマンションには私の部屋が存在する。
ベッドとか机とか洋服とか、暮らそうと思えば何日でも生活できるような空間になっているのだ。
幼馴染の私たちはほとんど家族に近い関係で、そうすることがごく自然だった。
どうやら世間一般の幼馴染よりは大分近すぎると言われるのだけれど。

「なんだかあんまり出掛ける気分じゃないな。、DVDでも見ない? 何か一緒に見て欲しいのがあるって言ってなかった?」
「あっ、そうそう、SAWが見たい!」

うわ、なんかシャレみたいになっちゃった。
ちょっと恥ずかしくなりながら臨也を見るけど、微笑んでいるだけでからかってきそうな様子はない。ちょっと安心した。

「気になっててDVDだけ買ったんだけど、一人じゃ絶対見たくなかったんだよね。一緒に見てもらってもいい?」
「ああ、もちろん。怖いもの見たさ、っていうのも不思議なものだよねえ。お前の反応が今から楽しみだな」

臨也は情報屋という職業柄からか本来の性質からか、サスペンスやグロいものに強かった。
臨也が一緒なら心強い。……見ながらどうのこうのとしょっちゅう話しかけてくるのがちょっと難点だし、私の怖がる様子を楽しみにしているっぽいのがかなり引っかかるけど。

「じゃ、そうしよう! DVDは持ってきてあるから、1から5まで」
「それじゃ一日がかりだな。ていうか、怖くて自分の家には置きたくないからってここに持ってくるのはどうなの?」
「あ……バレてた?」
「当然」

笑って誤魔化すと、臨也も仕方がないな、という風に笑ってくれた。
嫌味を言ってきたりからかってくることもよくあるけれど、大抵そうやって許してくれる。
それが日常になりすぎて普段は忘れてしまうけれど、私はたぶんいつでも、臨也に守られている。

「いただきます」

ハムを乗せたトーストを前に手を合わせて、少し遅めの朝食をとる。
傍では臨也がたぶん何杯目かの紅茶を飲んでいた。
いつの間にか電源を入れたらしいスピーカーから私の好きな音楽が静かに流れてくる。
それがいつもと変わらない、日常という名の幸福を含んだ私と臨也の休日の朝だった。


休日の朝   10.4.20