「サンシャインシティの水族館?」
「うん。ちっちゃい頃に家族で行った気がするけど、最近行ってなかったなと思って」

向かいのはほどよく焼けたカボチャをつつきながら上機嫌で答える。
一瞬箸を止める俺の横で、静雄は水を呷る。

ちゃん、こっちの肉焼けてるぜ。食いなよ」
「あ、ありがとうございます」

は静雄に示された肉を素直に自分の皿に取った。
……優しいな、静雄の奴。いや、こいつはもともと面倒見の悪い奴じゃないんだろう。

「それで静雄が連れて行ってくれたのか? ……面倒掛けたな」
「いや、別に。俺も久々だったんで」

焼けたばかりの野菜をばくばく頬張りながら、静雄は首を振った。
「うおっ、熱ぃ」と慌てて水を流し込んでいる。

「つーか、俺までゴチになって本当にいいんすか?」
「ああ、気にすんな。が世話になったみたいだしよ」

仕事が終わり、との待ち合わせ場所に行ったら静雄も一緒で驚いた。
絡まれたところを助けてもらって、今まで一緒にいてもらった、というの説明にもっと驚いた。
そりゃ悪かった、ということで静雄も誘って三人で焼肉屋に入ったのだ。

「で、どうだったんだ? 水族館は」
「楽しかったよ! サンゴの水槽もキレイだったし、ラッコも可愛かったなあ」
「あとちゃん、タツノオトシゴ気に入ってたよな」
「はい! 小さくて動きも不思議だし、見入っちゃいました」

水族館を堪能したあとには、そのまま展望台に行ったらしい。
……なんっつーか、思いっきりデートコースだな。
口には出さず、なんとも微妙な気分になったのをビールを流し込んで誤魔化した。

「お兄ちゃんはそういうところ、全然連れて行ってくれないもんね」
「あー、悪かったな」
「あははっ、冗談だよー。今日はこうやって食事に誘ってくれたし。ありがとう、お兄ちゃん」

のこういう態度を見ると、もっと色々遊びに連れて行ってやんないとな、と反省する。
実家を離れ、仕事も始めてからは実際あんまりかまってやっていない。
……正直なところ、そう自慢できる仕事をしていない、というのが負い目になっているのもある。
池袋は良い街だが、ダラーズだの都市伝説だの物騒な部分も多いから今はあまりを近付けたくないとも思う。
……なんて俺も随分、兄バカってやつだよな。

「でも入場料とか、全部静雄さんが払ってくれたの」
「本当か?」
「いや、気にしないでください。いつもトムさんに奢ってもらってるんで。今もゴチになってるし」

思わず静雄の方を見ると、静雄は軽く片手をあげながらそう言った。
に視線を向けると申し訳なさそうな顔をしている。
こいつも結構頑固なところがあるから、そういう訳にはいかないと何度も断ったはずだ。
静雄もそれにキレもせず宥めてくれたんだろう。

「マジで世話になったみたいだな。ありがとな」
「いや、俺も結構楽しかったんで」
「ほ、ほんとですか?」

少し身を乗り出すの顔が赤いのは、何も鉄板の熱のせいだけではないだろう。
兄としては非常に複雑な心境だが、黙ってビールを飲んで見守ることにする。

「ああ。またこういうことがあったら呼んでくれれば付き合うぜ」
「あ……ありがとうございます!」

はものすごく嬉しそうな顔をして頭を下げるように少し俯いた。
横目で様子をうかがうと静雄のやつも口の端を緩めて穏やかな顔をしている。
参ったな、と頭を掻きたくなるのを抑えて、短くため息を吐いてから妹に協力してやることにした。

「お前、静雄の携帯番号は知ってるのか?」
「え!? まさか、知らないよ」
「なら静雄、悪ぃんだけどよ、こいつに連絡先教えてやってくんねえか? また池袋に来ることもあるかもしんねえし、迷惑掛けちまうかもしんねえがもし何かあったときは頼むわ」
「お、お兄ちゃん!」

が小さく叫ぶが、その声音は戸惑っているようにも喜んでいるようにも聞こえる。
の反応とは裏腹に、静雄はあっさり頷いた。

「いいっすよ。ちゃん、何かあればいつでも頼ってくれて構わねえから」
「は、はい……」

静雄がそう言いながら携帯を取り出すと、もおずおずと自分の携帯を取り出す。
二人が赤外線通信しているのを眺めながら焼きあがった肉を適当に食うが、なんだかあんまり味を感じなかった。
静雄の番号が登録された携帯の画面を、が顔を赤くしたまま少し微笑み、俯いてじっと見ている。

「ほら、もっと肉を食え」

こいつは本気だな、そう思うとちょっと居た堪れなさもあって、の皿に焼きあがった肉をどんどん乗せた。
「ちょっと、お兄ちゃん!」とが慌てて顔と声をあげる。
こんなに食べたら太る、と文句を言いつつ、は美味そうに肉を食べ始めた。
それを見て静雄がフッと微笑んだのを、俺は見逃さなかった。


「ごちそうさまっす」
「いや、今日のはが世話になった礼だから、気にすんなよ」

を駅まで見送った後、静雄と帰路につく。

「でも俺、邪魔じゃなかったっすか?」
「んなこたあねえよ。もお前がいた方が嬉しいだろ」

静雄は不思議そうな顔をして首を傾げる。
……そういや女がいる、って話も聞いたことねえし、ひょっとしてこいつ、色恋沙汰にはとことん疎いのかもしれない。
の奴、よりによって恐ろしく苦労しそうな相手に惚れたもんだ。

「今日はに付き合ってくれてありがとうな」
「いや。ちゃんといると、俺もなんか落ち着くんで」

変な風に唾を飲み込んで、思わずせき込みそうになった。
それを抑え込み、なんとか言葉を返す。

「……そうか。ならいいんだけどよ」

静雄が一体どういう感情を持って落ち着くと言っているのかはわからないが、どうやらもそれなりに気に入られているらしい。
妹と後輩。俺にとっちゃどっちも大切な人間だが、それだけになんとなく複雑だ。

「まあ、よかったらまた遊んでやってくれ」
「はい」

少し頬を緩める静雄に頷き返しながら、そういえば、と気づく。
こいつ、焼肉屋にいる間もの前じゃ全く煙草吸わなかったな。


俺の妹と後輩 10.4.5