田中太郎さんが入室されました。
田中太郎【こんばんは】
【こんばんはー】
田中太郎【今日は人が少ないですね】
【みんな忙しいんですかね。でも、あと一人来ると思うんですけど……】
田中太郎【そうなんですか? じゃあ話しながら待ちましょうか】
【そうですね!】
臨也にチャットルームに来いと言われたから待機していたのに、約束の時間はとっくに過ぎていた。
甘楽はまだ姿を現さない。
田中太郎さんと最近の池袋や漫画の話題で盛り上がるうちに苛立ちも、約束をしていたことさえも忘れそうになった頃。
甘楽さんが入室されました。
甘楽【こんばんわー☆】
田中太郎【こんばんは、甘楽さん】
【こんばんは。今夜はもう来ないのかと思ってました】
内緒モード 甘楽【ごめんごめん、ちょっと急な仕事が入っちゃってさ。まあでも、田中太郎くんが相手してくれてたみたいだから良かったんじゃないの? 随分盛り上がってたみたいだし】
内緒モードで話しかけられた臨也の言葉が妙に嫌味っぽくて、ため息をつきたくなる。
嫌味を言いたいのは待ちぼうけをくらった私の方だ。
田中太郎さんのおかげで楽しかったのは確かだけど。
甘楽【やだっ、さんってばそんなに私のこと待ち焦がれてたんですかー!?】
田中太郎【そういえばあと一人来ると思う、って言ってましたね。ひょっとして待ち合わせてました? 私、退出しましょうか?】
甘楽【なに言ってるんですかあ、田中太郎さん! みんなで楽しくお喋りしましょうよー! ね、さん?】
【ええ、もちろん】
内緒モード 【臨也? どういうつもりなの?】
内緒モード 甘楽【お楽しみはこれから、ってことだよ。邪険にしちゃあ田中太郎くんが可哀想だろう? 大丈夫、お前ももっと楽しませてやるからさ】
臨也の返答に不穏なものを感じて、手が止まってしまう。
チャットルームに呼び出して、田中太郎さんも呼びとめて、一体何をするつもりだろうか?
内緒モード 甘楽【、お前今どんな格好してる?】
表では田中太郎さんに世間話を振りながら、内緒モードで聞いてくる。
私は少し首を傾げてから正直に答えた。
内緒モード 【お風呂もう入ったから、パジャマだよ】
内緒モード 甘楽【ふうん。じゃ、とりあえず上脱ぎなよ】
内緒モード 【は?】
内緒モード 甘楽【それとも下からがいい? お前の好きな方でいいけど】
内緒モード 【ちょっと待ってよ、何の話?】
内緒モードでの私の問いかけには答えず、臨也は甘楽として田中太郎さんとチャットを続けている。
それを眺めながら落ち着かない気持ちで臨也の返答を待っていると、
田中太郎【さん、大丈夫ですか? 寝落ちしちゃいましたかね】
甘楽【あららー? ちょっと呼んでみましょうか? さーん!】
内緒モード 甘楽【ほらほら、田中太郎くんが不審がってるよ】
はっとして、慌ててキーボードに指を滑らせる。
なんなの? なんなの? 臨也は私に何をさせたいの!?
【すみません、ちょっと電話に出てました】
田中太郎【ああ、そうでしたか】
甘楽【もう大丈夫なんですか?】
【はい、大丈夫です】
内緒モード 甘楽【もう脱いだの?】
内緒モード 【!? だから、どういうことよ……!】
内緒モード 甘楽【どういうこともなにも。最近なかなかスケジュールが合わなくて、随分ご無沙汰だろ? が寂しい思いをしているんじゃないかと思って、慰めにきたんだよ】
内緒モード 【ちょっと待って、それって……】
それって、それって、それって。
内緒モード 甘楽【テレフォンセックスも悪くないけど、たまには文字で、っていうのもいいと思わない? それに他人の目があるのも結構燃えるかもしれない】
私は完全に言葉を失った。
けれど数秒後、田中太郎さんに怪しまれない意味とショートしそうな頭を落ち着かせる意味で表の話題にも適当に参加する。
内緒モード 甘楽【俺も今もあんまり時間がある訳じゃないからね。さくさくいこうよ、。下着はつけてるの?】
内緒モード 【……下だけ】
少しずつ落ち着いてくるうちに、臨也に従うしかない、という結論に私は至った。
お互いの仕事の合間に外で少し会うことはちょくちょくあったけれど、行為自体は確かに随分久しい。
そんなときにこうして誘われると、身体がうずいてくるのも恥ずかしながら正直なところだった。
他人の目があるといっても、内緒モードなら田中太郎さんに私たちが何をしているかは絶対にわからない。
そんな安心感もあった。……というのは少しだけ、甘かったということになるんだけど。
内緒モード 甘楽【へえ。そうえいばお前、寝るときはブラジャーつけないんだったね。じゃあまだ脱がなくていいから、手を入れて自分の胸触ってみてよ。ちゃーんと俺のこと想像しないとダメだよ】
すでに顔が熱くなっているのを感じながら、片手をキーボードから放しておずおずと自分の胸に近付ける。
自分でしたことなんてないからなんだか変な感じがするけれど、臨也の姿を思い浮かべると乳首がピンと立っていく。
内緒モード 甘楽【ああ、大事なことを忘れてた。声が出たら、ちゃんとそれも文字で表して言うんだよ】
内緒モード 【なにそれ、そんなの……!】
内緒モード 甘楽【喘ぎ声がないとつまんないじゃない。俺もそれでの乱れてる姿を想像したいんだよ】
臨也は馬鹿なことを言ってる。わかってるのに、思ってしまう。
臨也にも私のことを想像して欲しいって、こんなの恥ずかしいのに、思ってしまうのだ。
内緒モード 【……わかった】
内緒モード 甘楽【イイコだね、! それじゃあ続きだ。ああ、それからたまに表でも発言するのを忘れないようにね。田中太郎くんが心配しちゃうからさ】
わかってる、と返事をするかわりに表の会話に発言を入れる。
簡単な相槌、出てきた単語を反復する、余裕がないのでそんな簡単な発言になってしまうけれど、そこは臨也がフォローしてくれていた。
臨也の指示通り、自分の身体を撫でたり揉んだりしているうちに、段々と気持ち良さに頭がおかしくなってくる。
内緒モード 【はあっ……ん、ふあっ】
私はもう恥ずかしさなんてどこかに忘れて、息が乱れたり声がもれるたびに片手でぽつぽつとディスプレイに向かってそう打ち込んでいた。
臨也も【いいねえ、可愛いよ、】とか【気持ち良いだろう? 俺も気持ち良いよ】と悦んでくれるので、ついその頻度も上がってしまう。
――そして私はとうとう、大きなミスを犯してしまった。
【あっ……ああっ!】
田中太郎【? どうしました? 芽依さん】
朦朧した頭でディスプレイを見た瞬間、ぎょっとして身体から手を放した。
震える両手で慌ててキーボードを打つ。何度も打ち間違えて時間が掛かってしまった。
【す、すみません。ちょっとコーヒーをこぼしちゃって】
田中太郎【それは大変ですね。大丈夫ですか?】
甘楽【大丈夫ですかー? 濡れちゃいましたか?】
臨也の発言に身体がびっくとする。
濡れた、って臨也、絶対別の意味で言ってる……!
田中太郎【パソコンにもかかってたら大変ですよね】
【いえ、ほとんど床にこぼれたので……。すみません、ちょっと片づけてきます】
甘楽【はいはーい、早く戻ってきてくださいねー☆】
内緒モード 甘楽【うまく逃げたね】
臨也の楽しそうな笑い声が耳元で聞こえてくるようだ。
臨也が田中太郎さんを引きとめた意味。彼にはもしかしたら、私が間違えてしまうことくらいわかっていたのかもしれない。
内緒モード 甘楽【まあいい。続きだ。表にもちゃんと数分後に戻ってきなよ】
内緒モード 【わかってる】
内緒モードになっているかを慎重に確認して、そう打ち込んだ。
もう間違えられない……!
内緒モード 甘楽【お前、バイブとか持ってたっけ?】
内緒モード 【持ってるわけないでしょ】
内緒モード 甘楽【それは残念。じゃあそうだな……携帯、使いなよ。予備のがあるだろう? あれを挿れるんだ】
予備の携帯。確かに持っている。
私は臨也から臨也との通話専用に携帯を持たされていた。
それを壊したりなくしたりしたときの予備まで預けられていたのだ。
それはいい。問題はその使い方だ。
臨也の指示を見て、一瞬頭がくらっ、とする。
内緒モード 【い、いれるって……!】
内緒モード 甘楽【ちゃんとマナーモードにしてからだよ。今から俺が電話掛けるけど、出ちゃだめだから。はい、準備はオッケー?】
【ま、待って!】
田中太郎【さん、お帰りなさい。今度はどうしました?】
【あ、すみません。今戻ったんですが、ちょっとログが追えなくなって、つい】
甘楽【慌てなくていいですよう。今日はダラダラ進行ですからねー】
田中太郎【そうですよ。それじゃちょっと待ちますねw】
【ありがとうございます】
またやってしまった。
なんとかうまく誤魔化せたみたいだけど、こんなの心臓に悪すぎる。
もはや涙目の私とは違って、臨也はネカマの振りをしながら心底楽しそうに笑っているに違いない……!
内緒モード 甘楽【田中太郎くんも待ってくれるってさ。ほらほら、早く準備しなよ】
内緒モード 【そういう言い方しないでよ……!】
田中太郎さんは私がログを読むのを待っているのだ。
妙な言い方は本当にやめて欲しい。
ログなんてちっとも頭に入らず、それでもとりあえず発言しなきゃと【追いつきましたー】と適当に打ち込む。後は臨也がなんとかしてくれるだろう。
半ばパニック状態になりながら、予備の携帯を取り出して自分の濡れているところに近付ける。
手が震えて何度か取り落としそうになった。
ばかばかばか、臨也のばか! なんでこんなことさせるのよ!
「ひっ!」
結局半分くらいで手を止めてしまったところで、急にそこから振動と刺激が走る。
電気が走ったような快感に身を捩りながら、ほとんど無意識に片手を伸ばして懸命に自分の声をキーボードでなぞった。
もう自分が一体何をしているのか、何を感じているのかよくわからない。
いざや、いざやあ、と内緒モードで彼の名前を呼ぶ。
ログには田中太郎さんと甘楽のとりとめのない会話が流れていく。
内緒モード 【いざやっ……!】
内緒モード 甘楽【最高だよ、。お前も気持ち良いだろう? 俺からの電話】
マナーモードはそのうち留守番電話に切り替わる。
だから少しの間振動は止まるけど、それからまたすぐに動き出すのだ。
着歴には臨也からの着信がずらっと並んでいるはずだ。
内緒モード 甘楽【顔が見えないのが残念だな。今度は俺の目の前で同じことしてよ】
臨也からの電話は鳴りやまない。
自分の今のこんな姿を臨也に見られる、と想像するともうだめだった。
【だめ、いっちゃ】
田中太郎【? 私はまだ行かないですよ。芽依さん、なんだか今日、変じゃないですか?】
いっちゃう、と打とうとしたら、最後まで打てなかった。
でもそれが幸いで、田中太郎さんは勘違いしてくれたみたいだ。
どのみち私は今日一番の快感を感じているところで、彼の返事について考える余裕なんてなかった。
一人で絶頂を迎えたあと、もはや使い物にならない携帯を抜き取り、荒い呼吸を繰り返す。
形ばかりに下着を履き直し、気持ちと息を少し落ち着けてからキーボードに両手を乗せる。
【ごめんなさい。ちょっと寝オチしちゃって、寝ぼけてました】
甘楽【芽依さん、今日はもうちゃんと寝ちゃった方がよくないですかあ?】
田中太郎【そうですよ、もうこんな時間ですし……ってうわ、もうこんな時間か! すみません、私もお先に失礼します!】
【はい。今日はほんとに色々すみませんでした……。おやすみなさい】
甘楽【おやすみなさいー☆】
田中太郎【謝らなくていいですよ>芽依さん それじゃ、おやすみなさい!】
田中太郎さんが退出されました。
内緒モード 甘楽【お疲れ様、芽依。ちゃんとイけたみたいだねえ】
内緒モード 【おかげさまで……。ほんとに疲れた……】
内緒モード 甘楽【俺も楽しかったよ。何度も抜かせてもらったし】
内緒モード 【……嘘だ……。田中太郎さんともずっとあんなにまともに喋ってたのに……】
内緒モード 甘楽【どっちかが喋ってないと怪しまれるだろう? 田中太郎くんもまさかチャットの相手が裏でこんなことしてるとは思わないだろうけどねえ。俺とがセックスしていたなんてさ】
内緒モード 【……どうでもいいけど、セックス、って禁止ワードじゃないんだね】
田中太郎さんには本当に悪いことをしてしまった。心の中で何度か謝っておく。
偶然この場に居合わせてしまったがために、変なことに巻き込んでしまった。
内緒モード 甘楽【でもちょっと危なかったかなあ。が俺の名前を内緒モードを忘れて呼ばないか、ってひやひやしたよ。このチャットは誰でも見れるからね】
内緒モード 【自業自得じゃない?】
内緒モード 甘楽【冷たいなあ。でもやっぱり本物の肌を合わせるのが一番だよねえ。今日のでちょっとは解消できるかと思ったけど、余計したくなるだけだったよ】
……私もそう思う、と思ったけれど、あれだけ乱れたのを知られているのだからなんだか言い辛い。
表でも甘楽が【さーん!? また寝オチしちゃったかな?】なんて言っているけど、そっちは任せることにして完全に無視した。
内緒モード 甘楽【最近はちょうど仕事が重なっちゃったけど、もうすぐ時間ができそうなんだ。そしたら真っ先に会いに行くから、待っててよ】
内緒モード 【楽しみにしてる。今度は一人でやらせないでよ】
内緒モード 甘楽【それはどうかな? まあ、好きなだけ色んなことをしようよ。壊れちゃうくらい、ね。それじゃ、おやすみ】
内緒モード 【おやすみ、臨也】
甘楽【いないみたいですねー。それじゃあ私も落ちまーす】
甘楽さんが退出されました。
私と臨也だけに見えているログを少しの間ぼーっと眺めてから、かたかたとキーボードを打つ。
【ごめんなさい、また寝ちゃってました……。今日はすみませんでした。でも楽しかったです。おやすみなさい、また今度】
シャワーを浴びよう、そう考える傍ら、早く臨也に会いたいな、と思う。
こんなことをさせられても私は彼が大好きなんだな、と自分のことながら少し呆れて、笑ってしまった。
さんが退出されました。
チャットルームには誰もいません。
チャットルームには誰もいません。
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××モード
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