池袋の街をあてもなくふらついていた。
今日は早いうちに二件回って仕事が終わったのだ。
中途半端に仕事をした後だとなんだか時間を持て余す。
今日はもしかすると、平和に過ごせるかもしれない。
「……ん?」
そんなことを思いながら世間的には休日のサンシャイン60通りをぼんやり歩いていると、ゲーセンの前で女が絡まれていた。
それだけなら別に珍しい光景ではない。足を止める人間すらいなかった。
女は一人なのに男は三人がかり、その上強引そうだといういけすかない構図だ。
「……ちゃん?」
しかも俺の記憶が確かなら、絡まれている女はトムさんの妹のちゃんだった。
「なあ、いいじゃん。一人でゲーセンとか、つまんないだろ?」
「俺らが遊んであげるって」
「あの、待ち合わせがあるので!」
「だからあ、それまでの間暇つぶしに付き合ってやるよ」
近づくにつれ会話が聞こえてくるとぶちぶちと何かが一つずつ音を立ててキレていき、男の一人がちゃんの腕を掴んだときには俺はそいつの手首を捻り上げていた。
「てめえら……その子に何してやがる……!?」
「い、いでででででででで!!」
「!? んだ、てめぇっ……」
「お、おい、待てコイツ、バーテン服にサングラスの金髪って……」
三人の男の誰かが何かを言い終わる前に、俺は腕を捻り上げていた男を二人に向かって放り投げた。
三人は悲鳴を上げながらぶっ飛んでいく。
そのまま通行人にぶつかりながら逃げて行ったようだ。
ったく、迷惑しかかけねえ野郎どもだな。
「あの、ありがとうございました、平和島さん……!」
「おう、いいって。やっぱりちゃんだよな。大丈夫だったか?」
「はい。助かりました。この間はどうもでした」
助けたのはいいが余計怯えられるんじゃないかと思ったが、ちゃんは微笑んでいて、それに少し安心する。
「こんなとこで何してんだ? この辺は人通りも多いけど、ナンパだのキャッチセールスだの危ない連中もうようよしてるぜ。一人歩きはしない方がいいんじゃねえの?」
「はい、ごめんなさい……」
「……あー、いや、別に説教しようってんじゃねえんだ。その……なんだ、ちゃん……かわいいしよ、なんかあったらトムさんも心配するだろ」
ちゃんくらいの年頃の女の子と話慣れていないせいか、うまく言葉が出てこない。
かわいい、というのも正直な感想ではあるが、どうも自分が口にするとむず痒くて首の後ろをぽりぽり掻いてしまう。
「あ、ありがとうございます……平和島さんは、兄のことを慕ってくれているんですね」
「ああ、トムさんは俺の恩人みてえなもんだからな。感謝もしてるし、尊敬もしてるよ。……ところでその、平和島さん、てのやめてくれねえか?」
「え?」
「苗字はあんまり呼ばれ慣れてねえんだ。だから静雄でいいぜ」
「静雄、さん?」
「ああ。そう呼んでくれ」
もうひとつなんだかむず痒い原因だった呼び方を直してもらうと、ふと頬と一緒に気持ちが緩んだ。
ついトムさんがしてたみたいにちゃんの頭にぽん、と手を置いてしまう。
ちゃんは俯いちまって、嫌がられたかも、と慌てて手をどける。
「っと、悪ぃ、なんかつい手が出ちまった」
「い、いえ、大丈夫です」
「そうか? 悪ぃな」
ふるふると首を振るうちゃんの顔が赤くなっている。
身内でもない人間に子供みたいに扱われて恥ずかしかったのかもしれない。
でもなんだかちゃん見てると、妹ってこんな感じかなあって思うんだよなあ。
「んで、何してんだ?」
「今日お兄ちゃんが夜は仕事がないから、一緒にご飯でも食べよう、って誘ってくれたんです」
「へえ、なるほどな。でもトムさんならまだ事務所で仕事してるはずだぜ」
取り立ては済んだから俺の仕事は終わったが、トムさんは報告書だのなんだのをあげに事務所に戻ると言っていた。
「待ち合わせは夕方なんです。せっかくだから、ちょっと池袋をぶらぶらしようと思って」
それでゲーセンを見ようとしたら、あいつらに絡まれたらしい。
「ちゃん、池袋はあんまり来ねえのか?」
「お兄ちゃんが高校生のときまでは池袋に住んでたんですけど、それから引っ越したので……引っ越してからはほとんど来てなかったですね」
「そうか。まあ何にしろ、なるべく一人ではうろつくなよ。さっきみたいな連中もいるんだからよ」
「はい、わかりました」
ぺこり、とお辞儀するようにちゃんは頷く。
素直だな。素直なやつは俺は好きだ。
「で、これからなんだけどよ。俺も今日はもう仕事は終わってっから、良かったらトムさんの仕事が終わるまで付き合うぜ」
「えっ……! いいんですか!?」
ちゃんの声があまりに弾むようだったので、つい笑っちまう。
「ああ。トムさんの妹をこのまま放っておくわけにもいかねえしな」
しかしそう言うと、今度は少ししゅんとしたみてえだった。……俺なんか、まずいこと言ったか?
「あの、じゃあ……一緒にいてもらってもいいですか?」
「ああ。いいぜ。よろしくな」
「よろしくお願いします!」
ちゃんは笑顔で返してくる。
思わずまた手を頭に乗っけそうになって、慌てて引っ込めた。
今日はもしかすると、平和に過ごせるかもしれない。
ちゃんと並んで歩き始めると、改めてなんとなくそう思った。
トムさんの妹2
10.3.9