「好きだよ、さん」
毒気のない笑顔で折原くんは私に告げた。
人気のない廊下でひやりと背筋が寒くなる。
何の特技も能力もない凡人の私にも、折原臨也が恐ろしいという普通の感性くらい持ち合わせている。
「……ごめんなさい」
「あれ? ひょっとして俺、振られちゃったかな?」
口元には微笑みをたたえたまま、折原くんは少し寂しそうに整った眉尻を下げる。
眉目秀麗。そんな言葉が似合うくらい、彼は華奢で綺麗な男の子だ。
……ただちょっと、目つきは悪いかもしれないけれど。
「振るっていうか……それ以前の問題っていうか。折原くんが誰かを好きだなんて、信じられないから」
「心外だなあ。俺はまず人間が大好きだよ。愛してる。そしてその中で、さんは特別だ」
「……」
口調や台詞はともかく、折原くんのいつもどこか芝居染みた声音や仕草は、今はなりを潜めていた。
自然体。彼のどこからが自然で、どこからか不自然かなんて本当は私にはわからないけれど、なんとなくそんな言葉が思い浮かぶ。
だからと言って今の彼の言葉を信じられる訳ではないけれど。
「そんな、折原くんみたいな人が、私のことを特別だなんて……」
「やだなあ、俺みたいな人って、さんは俺のことをなんだと思ってるわけ? ……まあ変わってはいるかもしれないけれどさ。でも、俺だって人間だよ? 食事も摂れば、恋だってする」
変わっている、という自覚はあるらしい。確かにその時点で彼は私が思っているよりはまともに人間なのかもしれない。
本当におかしかったり狂っている人というのは、自分ではそうとはわかっていない気がするのだ。
普通の私がどう考えたとしても本当のところなんてわからないけれど。
「折原くんは私のどこか好きなの?」
「フフ、いいねえ。なんだか恋人らしいやりとりだ。じゃあ答えようか。それは俺にもわからない」
「……」
ついため息を吐きたくなるのをぐっとこらえる。
やっぱり信じなくてよかった。
「ちょっと待て、その顔、やっぱり信じなくてよかった、とか思ってるだろう? 心外だなあ。さんも聞いたことくらいあるだろう? 恋はするものではなく落ちるものだ、って」
心中を言い当てられて驚いている間に、彼は二歩三歩と距離を詰めていた。
確かに聞いたことはあるフレーズが囁かれたときには私を覗き込むような彼の顔が目の前にあった。
緊張か恐怖か、それとも綺麗な同級生に見つめられているせいか、心臓がどくどくと早鐘を打ちだす。
まつ毛、長いな。肌がすべすべだ。
そんなことを思う傍ら、この前岸谷くんに話しかけられたときのことを思い出していた。
『さん、ちょっといいかな』
『うん。なに? 岸谷くん』
『臨也のことなんだけど』
『……折原くん?』
『そう。あいつ、君に恋しちゃったみたいなんだ。近々告白されるかもしれないけど、真面目に聞いてやってくれないかな』
『……は?』
『ああッ、わかる、わかるよッ! 君の気持は痛いほどわかる! 何しろ相手は臨也だからね。反吐に恋をされるなんて不幸以外の何でもないだろう!』
『(……へど?)』
『でも僕も一人の女の子に恋をする身として、あいつの気持ちも痛いほどわかるんだ。いいかい、もしどうしても君を好きだという臨也のことが信じられなかったら――』
「……」
微笑んだまま眼前に迫る彼、折原くんは、今何を考えているのだろうか。
告白っていうのは少なくとも私にとってはもっと緊張するものだし、折原くんからはそんな緊張感は微塵も感じられなかった。
やっぱり彼が私に恋をしているだなんて信じられない。からかわれているとすら思えない。
何かに利用しようとしているとか、そんな風にしか思えないのだ。
だから私は岸谷くんからのアドバイスを思い出して実行してみた。
「……!」
『臨也のことが信じられなかったら、あいつにとびっきりの笑顔を見せてやるといいよ』
岸谷くんはそう言っていたが、とびっきりの笑顔、なんてよくわからない。
だからとりあえず友達とプリクラを撮るときみたいに笑ってみた。
するとどうだろう!
折原くんの顔がばっと真っ赤に染まったのだ。
口元を押さえて、慌てたように私から離れる。
驚いた私はすぐに笑顔なんて忘れてしまった。
「あー……参ったな、不意打ち。っていうか、誰かの入れ知恵? ……新羅ぐらいしかいないか」
折原くんは手で顔を隠すようにしながら視線を逸らし、独り言のように喋っている。
「うわあ……恥ずかしい。っていうか、情けない、っていうか、かっこ悪い? 俺。まあなんていうか、今のはずるいよ、さん」
独り言かと思ってぼんやり聞いていたら、彼は私の名前を呼んで視線を戻した。
どこかバツが悪そうな顔はあどけなくさえ見える。
折原くん、こんな顔もするんだ。
なぜ彼がこんな顔をするのかを考えて、私もなんだか恥ずかしくなってきてしまった。
「かっこ悪いところも見られちゃったし、今日のところはこの辺で退散しておこうかな。今度一緒に帰ろう、さん」
その頃には折原くんの顔の赤みもすっかり薄れ、最初見たときの毒気のない笑顔に戻っていた。
ひらひらと手を振る折原くんに思わず振り返しながら、私は悩んでいた。
もし私が笑いかけたときの折原くんの対応が全て演技だったとしたら。
……さっさと俳優にでもなった方がいいと思う。
それくらいの自然さではあったけれど、信じ切れていないのも正直なところだ。
「……でもちょっと、可愛かったな。折原くん」
あたふたと慌てる彼の姿を思い出しながら、今度は自然と唇が綻んだ。
初めての告白
10.3.3